毒吐き女のぼやき

毒吐き女のぼやき

看護師4年目、訪問看護の非常勤ナース。私が歩いた道のりをここに残していきます。

社会人3年目転職歴2回。転職に踏み切れないあなたへ。

 

こんにちは!お久しぶりになってしまいました!忘れた頃にちゃっかりしっかりやって参りました、妖怪毒吐き女まなみです。どうも。

 

そんな私ですが、看護師3年目の代にも関わらず、転職を2回しています。

最近いろんな方と会ってお話しする機会があるのですが、「転職2回した」なんて言うと 

えええっ!?なんで!?

なんて言われることがしばしです。珍しいのかもしれません。

 

今となってはですが、「辞める」ということに全く後ろめたさがありません。「辞めたい」と言うのも全く怖くありません。しかし、初めから後ろめたさや怖さがなかったわけではありません。はじめて勤めた病院では辞めたい事を1年半言えませんでした。

 

 

 

疲弊した新卒時代

当時、附属の大学病院にそのまま勤めるのが自分には合っていない気がして、自分で就職活動をして神奈川県にある総合病院に勤めました。混合病棟だったので、私が配属された科は、循環器・心臓血管外科・呼吸器外科・形成外科の4科混合の一般病棟でした。科が多いので必然的に勉強量も多く、科が科だけに重症度が院内No.1でした。

 

クッソ忙しかった

 

そして、毎日4~6時間下手すりゃ終電乗れない程のサビ残、そのあとの夜中まで勉強、人間関係の拗れ、新卒は朝早く出勤などなど・・・。

当時の私より、もっとエグイ環境に身を置いている方もいらっしゃるとは思いますが、こんなことを続けていくうちに身も心も蝕まれました

仕事が、勉強が楽しくなかった。休みの日すらただただ寝て終わった。遊びに行く気力もなかった。なので、合コンも1回しか行ったことがないです。

ギリギリの生活費を頂くために、定時には終わる訳がない仕事に行き、先輩には毎日罵声を浴びせられに行くのが義務になっていた。

生活するためには、この仕事でこの場所でやっていくしかないんだ

そう思って、毎日やり過ごすのに必死でした。

 

辞めたいと言えないモジモジ星人時代 

そんな毎日を過ごし、徐々に罵声もエスカレートし何しても怒られる毎日。仕事が出来るようになった感覚さえ自分で感じられませんでした。「自分は何もできないんだ」って毎日泣きわめき、腫れぼったい目をしてまた出勤する。なんで出来ないのかも考えられないくらいに無気力でした。

 

もう無理で自分ではどうしよもできなくて、1年目の秋頃~休みのたびに実家北海道に帰省しては「もう辞めたい」と家族に泣き縋りました。

 

「いつでも帰っておいで」

とだけ毎回言われ、「辞めるって言う!」と返事していました。

長女で正義感がきっと強い私は「辞めてはいけない」と思い込んでいましたが、叔母の一言で「辞めてもいいんだ」って思えました。

でも、すぐには辞めるを言い出せませんでした。あとから思うとあの「辞める!」は本気じゃなかったんだなと思います。自分まだやれると期待していたんだなと。

モジモジくんな私は、結局言い出せず言えないまま時が過ぎ、「辞めたい辞めたい」と愚痴を吐きながら、仕事はやっぱり続けていました。

 

比較したら気づいてしまった

なんだかんだ2年目の秋まで、相変わらず愚痴吐き星人のまま妥協して仕事をしていました。

忘れもしない9月23日。帰省した際、札幌で看護師をやってる高校時代の仲良しAちゃんをランチに誘った。Aちゃんとランチしながら、「看護師ライフはどう?」と聞いてみた。

 

Aちゃんは

「先輩が優しくてフォロー体制もいい感じ♪」

「仕事もみんなで振り分けてるから残業もそんなにないよ!」

「給料もこれくらい( *´艸`)」と楽しそうに話していたんです。

 

 

ななな、なんで同じ仕事なのに!

なんでこんなにも差があるんだ!

不平等だこのヤロォォォ!!

 

正直羨ましかった。。。

私が当時求めていたものが、そこにはあるんじゃないかと感じたから。人間関係も。残業が少ない環境も。給料も。転職さえすれば、今の状況を何か一つでも良い方向に変えられるんじゃないか、もしかしたら、って思いました。

そこで、転職も一つの手だと前向きに考えました。この時が「絶対今のところ辞めてやろう」とスイッチが入った瞬間でしたね。

 

私がやった意外な転職

転職しようと決めたけれど、転職失敗したらどうしようって思いますよね。私が転職失敗をなるべく最小限にするためにした事があります。

転職サイトを使うがメジャーかなって思います。私も転職サイト3社に登録していました。でも、転職サイトでは「こんな病院もあるんだな~」お気に入りポチッ。だけ。

 

同時にやったのはコレ。

その病院で看護師をやっている人から職場内部の話を聞くでした。

なぜかというと、就活時期に自分で就活して選んだ職場が合わなかったので、外見だけ、年収や勤務時間などの募集要項だけを見ていてもダメだと思ったのです。内部を知らなくてはと。やはり、仕事にしても誰とやるかだなって思います。

 

そうはいっても他病院に看護師友達がいるわけではありませんでした。 しかし、類は友を呼ぶで、看護師の友達は看護師、他も然り。私の数少ない友達やその子が知っている他病院の看護師友達から内部の情報を聞いたりしました。

あとTwitterも便利なもので、看護師のアカウントに飛ぶとオススメユーザーってのが出て、看護師関連のアカウントに飛んでいきます。ツイートでどんな内部の事をつぶやいているかなと読み漁っていました。

Twitterはよく使っていました。アカウントを飛ばすに飛ばしまくったところに、1人のキラキラした看護師さんのアカウントを見つけました。今思えば、これが中々すごい出会いでした。

 

 

ゆる活ナースayakaさんとの出会い

 

アカウント先で出会った彼女。キラキラしている1つ年上のお姉さんがコチラ。

 

 

ayapix.hatenablog.com

 

記事を読み漁りました。そして何より、同じ看護師として働いているにも関わらず、仕事に誇りを持ち、かつプライベートもキラキラしていたんです。プライベートもクソもなかった私は興味津々でした。

 

「話してみたい」

 

ただそれだけの気持ちで、ダメ元でDMを送ってみたんです。

 

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神が舞い降りた。そう思いました。だって、友達でもなければ全くの赤の他人の相談を自分が憧れる人がのってくれるのだから!たかがDM1通送信しただけなのに、世の中捨てたもんじゃないです本当に。

そんなこんなで自分の職場の状況を話し、ayakaさんの職場について聞いてみたり。

やりとりし始めてしばらく。。。何気なくみたTwitter

 

「私の職場で働きたい人ゆる募」と。

 

連絡入れました。すると、事務長さんに話してくれるということで話をしてもらって、病院見学日と面接日が決まりました。 

病院内の見学、看護師の働く様子や患者さんを見せてい頂き、面接も無事通り、4月からayakaさんと同じ職場同じ病棟で働くことが決まりました。そして、つい最近の12月までそちらで働かせていただいていました。

見学で院内をじっくり見させてもらえたので、実際に働いてから自分はここでどんな風に仕事をするかどんな風に動くだろうかもイメージできましたし、 イメージと現実に大きなズレを感じることも圧倒的に少なかったです。

 

あのタイミングで転職に踏み切って良かった!

いま振り返れば、あのタイミングであの勢いのまま転職に踏み切って良かったです。あのタイミングを逃したら次いつになっていたか分かりませんもん。

あとは比較をしていて良かった。自分のいる環境の事しか知らなければ、比較することをきっとしなかった。自分の可能性を見出すこともできなかったんだと思います。友達に、誰かに聞いてみて良かったです。 話を聞くだけでも、転職失敗のリスクを抑えることは出来ますからね。

 

転職したくても環境が給料が人間関係が変わるのを恐れて一歩踏みきれない人。私もその気持ちがすごく分かります。だからこそ、1年半も決断できず辞めると言えませんでした。

まず小さな一歩として誰かの話を聞いてみて欲しい。あなたの知らないことが聞くことで分かるから。分かったら、今の自分と理想の自分の差は何なのか洗い出してみて欲しい。そのギャップを埋めるものは何か。そのギャップはその職場で埋められそうか。

なりたい自分に近づけるような小さな選択と決断を繰り返してみて欲しいです。

 

私は転職に踏み切って結果的に良かったです。新しいことも学べました。

大きな一歩でなくてもいいから、この記事が誰かの一歩になりますように。

 

 

捕捉

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